認知症患者から暴言・暴力を受けたらどう対処する?

介護をする人にとって、認知症の高齢者による暴言・暴力は大きな負担となります。今回は、攻撃的な言動につながる原因や、暴言・暴力の予防法、実際に直面した場合の対処法などをご紹介します。

認知症によくみられる暴言・暴力の症状

認知症になると社会性を保ち感情をコントロールするために必要な前頭葉の働きが低下する場合があります。加えて、うまくいかないことに対する不安やいら立ちを感じることも増えていきます。

その結果、感じたストレスをうまく制御できず、暴言・暴力が見られるようになるというケースがあります。また、感情の制御が難しくなる脱抑制・不安感・抑うつなどが暴言や暴力につながることがあります。
各認知症における傾向は以下の通りです。

アルツハイマー型認知症
周囲の状況を理解することが難しくなり、ストレスや不安が高まって暴言や暴力が誘発されることがあります。

脳血管性認知症
感情の制御が難しくなり、脱抑制や不安感、抑うつなどが暴言や暴力につながることがあります。

レビー小体型認知症
幻覚などの症状が出やすく、見えない人や物が見えることで暴言・暴力が見られることもあります。

前頭側頭型認知症
前頭葉や側頭葉の機能低下により、理性的な考えや感情のコントロールが難しくなり暴言や暴力が起きることがあります。

認知症患者の刑事上の責任能力

認知症患者が起こした犯罪が、刑事上の責任に問われるかどうかについては、刑法第39条に定められている心神喪失者や心神耗弱者に該当するかが焦点となってきます。

▼第39条の記述
心神喪失者の行為は、罰しない。(刑法第39条1項)
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。(刑法第39条2項)

つまり認知症患者が心神喪失者と認められれば罪は罰せられず、心神耗弱者と認められれば減刑となります。

では認知症は、心神喪失または心神耗弱として認められるのでしょうか。
一つの判断要素として、鑑定医による精神鑑定がありますが、そもそも心神喪失や心神耗弱という概念は法律的な概念であるため、医学的には判断できないとしています。
判例上では、心神喪失又は心神耗弱にあたるかどうかは法律判断であり、生物学的(精神障害の認定)、心理学的要素(弁識能力と制御能力の認定)についても、法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられるべき問題である(S58.9.13最高裁)としており、必ずしも鑑定医の判断が採用されるとは限りません。

そして、認知症による「認知機能の低下」と、心神喪失者などの「弁識能力や行動制限能力の低下」というのは、必ずしも一致しないと考えられています。認知症だからといって、直ちに弁識能力や行動制限能力が低下しているとはいえないのです。
そのため、実際の裁判では、医学的な判断にプラスして、認知症患者の犯行前の生活状態、犯行当時の病状、犯行の動機などが総合して判定されることになります。

この他、認知症において問題となるのが「裁判時の責任能力」についてです。
認知症は進行性の病気ですから、長期間に渡る裁判によって犯行時から認知症の病状が悪化してしまうことで裁判を正常に受ける能力がなくなり、裁判が停止する可能性もあるのです。(刑事訴訟法314条)

通常、裁判が停止した後は、訴訟能力が回復次第再開となりますが、認知症の場合は回復の見込みがないと判断されることもあり、そのまま起訴取り消しとなることも考えられます。
※精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。(民法713条)

認知症患者の民法上の刑事責任能力

民法においても、責任能力を持たない場合には賠償責任を負わないとしています。
さらに、”責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。(民法714条)”

とも定められており、責任無能力者の代わりに、監督義務者が責任を負うとしています。ただし監督義務を怠っていないと判断された場合には、責任は免れます。

認知症患者の家族や被害者救済の動き

認知症患者から暴力被害を受ける可能性が一番高いのは、介護しているご家族かと思います。
そのほとんどが「仕方のないこと」として諦めているのが現状です。
一緒に生活することで暴力・暴言による被害がエスカレートしてしまう場合には、行政や医師に相談の上、入院措置や施設への入居も視野に入れるなど何かしらの対策を講じましょう。

また、暴力による被害が第三者へ及ぶ場合、認知症患者の家族は、監督義務者のリスクを背負いながら介護を行わなければならなくなってしまいます。
そんな家族の不安を軽減するために、最近では民間企業による認知症保険というものも登場しています。認知症患者が対物・対人に損害を与えてしまった場合、損害賠償金や弁護士費用などが保険金として支払われるような内容です。

一方、認知症患者は責任に問われない、家族も賠償責任がないというケースにおける被害者の救済はどうなるのでしょうか。被害者が泣き寝入りしないためにも、公的な保険制度が検討されていましたが、事例が少ないことや、財源などの議論が必要であるとして、見送られることになりました。
このように、被害者の救済について明確な制度は確率しておらず、まだまだ課題が残っているのが現状です。

まとめ

難しい問題ではありますが、今後さらに増えるであろう認知症患者とともに生きていくためには、その解決策を話し合うことが重要です。
もし暴力や暴言の被害を受けるようなことがあれば、行政や医師に相談する、施設を利用して距離を置く、など我慢するだけでなくご自身を守ることを考えましょう。

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