高齢者虐待の実態
高齢化が進む中、家族関係も希薄になりつつある現代の日本では、高齢者への虐待が年々増加し問題視されています。そこで今回は、どのような行為が虐待になってしまうのか、なぜ虐待が起こってしまうのか、その背景を解説していきます。
虐待の種類
「高齢者虐待防止法」では、高齢者が「養護者」や「養介護施設従事者等」から不適切な行為や扱いによって権利・利益を侵害される状態、生命、健康、生活が損なわれるような状態におかれることを「高齢者虐待」と定義しています。
「高齢者」とは基本的に65 歳以上の者を指し、虐待をする側として、「養護者」によるものと、「養介護施設従事者等」によるものに分類しています。
✅高齢者
65 歳以上の人
✅養護者
高齢者を現に養護(介護・世話)している家族、親族、同居人等
✅養介護施設従事者等
「養介護施設」または「養介護事業」の業務に従事する者
【養介護施設】
・ 老人福祉法に規定する老人福祉施設、有料老人ホーム
・ 介護保険法に規定する介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護療養型医療施設、地域密着型介護老人福祉施設、地域包括支援センター
【養介護事業】
・ 老人福祉法に規定する老人居宅生活支援事業
・ 介護保険法に規定する居宅サービス事業(予防も含む)、地域密着型サービス事業(予防も含む)、居宅介護支援事業(予防も含む)
虐待にあたる行為には以下の分類があります。
① 身体的虐待
身体的虐待とは、高齢者の身体に外傷が生じる、又はそのおそれのある暴行を加えることです。
具体的な例は以下の通りです。
・平手打ちをする、つねる、殴る、蹴る、やけどをさせる、打撲をさせる
・刃物や器物で外傷を与える
・本人に向けて物を壊したり、投げつけたりする。
・本人に向けて刃物を近づけたり、振り回したりする
・医学的判断に基づかない痛みを伴うようなリハビリを強要する
・無理やり食事を口に入れる
・身体を拘束し、自分で動くことを制限する(ベッドに縛り付ける。ベッドに柵を
付ける。意図的に薬を過剰に服用させて、動きを抑制する、など)
・外から鍵をかけて閉じ込める、中から鍵をかけて長時間家の中に入れない
②介護・世話の放棄・放任
意図的であるか、結果的であるかを問わず、介護や生活の世話を行っている者が、その提供を放棄又は放任し、高齢者の生活環境や、高齢者自身の身体・精神的状態を悪化させていることを指します。
具体的な例は以下の通りです。
・入浴しておらず異臭がする、髪や爪が伸び放題だったり、皮膚や衣服、寝具が汚れている
・水分や食事を十分に与えられていないことで、脱水症状や栄養失調の状態にある
・室内にごみを放置する、冷暖房を使わせないなど、劣悪な住環境の中で生活させる
・専門的診断や治療、ケアが必要にもかかわらず、高齢者が必要とする医療・介護保険サービスを、周囲が納得できる理由なく制限したり使わせない、放置する
・徘徊や病気の状態を放置する
・本来は入院や治療が必要にもかかわらず、強引に病院や施設等から連れ帰る
③心理的虐待
脅しや侮辱などの言語や威圧的な態度、無視、嫌がらせ等によって、精神的苦痛を与えることを指します。
具体的な例は以下の通りです。
・老化現象やそれに伴う言動などを嘲笑したり、それを人前で話すなどにより、高齢者に恥をかかせる(排泄の失敗、食べこぼしなど)
・怒鳴る、ののしる、悪口を言う
・侮蔑を込めて、子どものように扱う
・排泄交換や片づけをしやすいという目的で、本人の尊厳を無視してトイレに行けるのにおむつをあてたり、食事の全介助をする
・台所や洗濯機を使わせないなど、生活に必要な道具の使用を制限する
・家族や親族、友人等との団らんから排除する
④性的虐待
本人との間で合意が形成されていない、あらゆる形態の性的な行為又はその強要を指します。
具体的な例は以下の通りです。
・排泄の失敗に対して懲罰的に下半身を裸にして放置する
・排泄や着替えの介助がしやすいという目的で、下半身を裸にしたり、下着のままで放置する
・人前で排泄行為をさせる、オムツ交換をする
・性器を写真に撮る、スケッチをする
・キス、性器への接触、セックスを強要する
・わいせつな映像や写真を強制的に見せる
⑤ 経済的虐待
本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由なく制
限することを指します。
具体的な例は以下の通りです。
・日常生活に必要な金銭を渡さない、使わせない
・本人の自宅等を本人に無断で売却する
・年金や預貯金を無断で使用する
・入院や受診、介護保険サービスなどに必要な費用を支払わない
高齢者虐待の統計調査
厚生労働省がとりまとめた、令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果によると、養護者、養介護施設従事者によるもの合わせて38,768件の通報があり、17,165件が虐待と判断されています。
新型コロナウイルスの感染拡大によりデイサービスの利用を控えたり、地域の集いの場が閉鎖されるなど、外出の自粛にともなって、家族の介護負担が増えたことが要因のひとつに挙げられています。
虐待をしたのは、息子が最も多く39.9%、次いで夫が22.4%、娘が17.8%となっています。
その理由は「虐待をした人の性格や人格に基づくもの」(57.9%)が最も多くなりましたが、「介護疲れ、介護ストレス」(50%)という項目も目立ちました。
虐待の原因
このように、虐待が起こってしまう背景には養護者や養介護施設従事者等の心理状態が影響します。
自宅で介護をおこなっている場合、虐待に走ってしまう一番の理由は介護疲れやストレスです。
大人として、これまで1人でできることが当たり前だった食事や入浴、排泄の介助など、身体的に負荷がかかるものが多く、肉体的な疲労が精神的疲労にもつながりやすくなります。
成長につれて自立していく子育てと違い、介護はいつまで続くかわからないという状況があるため、外部との交流が減ったり、肉体的な疲れから追い詰められ、虐待に発展してしまうケースも数多くあります。
また、介護の費用負担が大きく、経済的な不安から虐待につながることもあるようです。
認知機能が低下している高齢者は、虐待されていることを自覚できず声を上げられなかったり、逆に認知症による被害妄想の可能性があったり、判断がつきにくいことも多々あります。
家族の介護は一人で抱え込まずに、兄弟や親せきなど周りの人と相談し、必要に応じて介護サービスも利用することで負担を分散できます。虐待をする前に、ご自身の心理状態を整えることが重要です。